ファビュラスを手にした男【後編】
こんにちは。わくわくスイッチブログ担当者です。
毎月1回のお楽しみ、わくわく劇場ですが、2~3月は特別企画として、買い物に便利なイオンタウンを舞台にしたショートストーリーをお届けします。
おっと、先月分を見逃したちゃったよ、という方は、先にこちらからどうぞ。
後編はこちら。
↓↓↓
心が荒んでいるときに立ち寄るイオンほど、残酷なものはない。
若さに煌く店員たち。
一目で裕福だとわかるファミリー。
ただただ可愛いペットショップの犬や猫…。
すべて自分にはないもの。うらやむ気持ちで押しつぶされてしまう。
陰鬱な気持ちから非難させてくれるかのように、エスカレーターは山城を書店に導いた。
希望にあふれた店名の書店だ。
文具やボードゲームも扱うなど、気が利いている。
立ち読みする男性、
LaQで遊ぶ子ども、
参考書を選ぶ学生たち…。
皆、書店に何を求めに来ているのだろうか。
知識?
娯楽?
それとも…
行きついたのは、ビジネス書コーナー。
山城は海外のビジネス本をパラパラめくった。これは山城の習慣だ。
書店ではインテリな自分を演出したい。賢く見られたい。
いつもは、それで満足するのだが…。
だが、この日ばかりはしっくりこなかった。何かが違う。
何か、もっと強いインパクトを欲していた。
書店を去ろうとしたときだった。
恭子と
出会った…。
手に取る。
(ポニーキャニオン/2020) ありのままに自分らしく生きている叶恭子だからこそ生まれる、 人生をポジティブに生きる為の彼女から生まれるかけがえのない言葉の数々をまとめ、 神々しいまでに説得力と存在感ある本人の美しい写真と共に綴る ポジティブマインドになるための格言が詰まった1冊。
誰かに見られないか、ドキドキしながらページをめくる。
驚くほどまでに、知的好奇心を満たすことがなく、目新しさも発見もない。
論理性がなければ具体性もない。
美香もいない。
だが…
だが……
山城は無性に「叶恭子の心の格言 あなたの心にファビュラスな魔法を」が欲しくなった。今まさに、この本を買うべきなんじゃないか、とさえ思えた。
すべてが抽象的な散文。
不要になっても売れないだろう。
なのに欲しい。衝動にかられる。
自分でもよくわからない。
もしかしてファビュラスな魔法にかかったのか?俺が?
表紙の恭子と目が合ったが最後。
山城は恭子に魅了されていること自体に驚いたが、とはいえ、「叶恭子の心の格言 あなたの心にファビュラスな魔法を」を購入するまでにはいくつかのハードルがあった。
まず、高い。2,200円もする。
本当に要るのか?本の内容が自分の人生の役に立つと思えない。
さらに、レジに持っていくのが恥ずかしい。
15分くらい悩んだ果てに、
昔バイト先でお世話になった、パートさんの言葉を思い出した。
「衝動買いしたい気持ちを抑えるには、1週間我慢しなさい。1週間たって本当に欲しいと思ったら、また買いに行きなさい。もし要らないとおもったら、不要な買い物をせずに済んだということよ。いいかしら?」
今思えば普通のアドバイスだが、当時18歳の山城には目からウロコの発想だった。
あのときのパートさんの横顔を思い出し、目を閉じて、ゆっくりと頷いた。
”1週間の冷却期間を置こう”
この決断を下せたこと自体に満足感と自信が生まれた。
少し気分が良くなった山城は、店内を散策した。
思えば、このイオンはもうずいぶんと来ていなかった。いくつかのテナントは撤退した。「仕方なく置いとくか」といった様子で休憩用ソファーが並んでいる。
たとえば、2階のテナントは絵本コーナーに改装されていた。
割と大掛かりな設備が導入されているのだが、つまりはテナントが入ることをあきらめているのだろうか。
お気に入りの雑貨店も、ついぞ閉店した。
「このイオンの客数が減少している」という噂はかねがね聞いていた。
近くにでかいイオンができたせいで、お客さんがそっちに持っていかれたらしい、とのこと。
イオン同士で争う時代が来たか…
ざわつく心をなだめたのは、
聞き慣れたあのMUSICだった…
♪
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♪AEON INFOMATION
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『ナビゲーターのサキです。』
『みなさん毎日使うものってお得にお買いモノできると嬉しいですよね。』
『今日は火曜日』
『イオンでは毎週恒例の火曜市を開催しています』
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今日は火曜市だった。
何をしていたんだ。
「叶恭子の心の格言 あなたの心にファビュラスな魔法を」を求めている場合ではない。
一冊2,200円だぞ?ふざけるな。
それより、ちょっとだけ良い肉を買って塩コショウで食べたほうが良い。
実際に、ちょっと良い肉を買って、塩コショウで食べた山城。
この日はいつになく白いご飯が進んだ。
だが、空腹は満たされたものの、心は満たされていなかった。
1日、また1日と経つにつれて、自分自身を見失うのだった。
誰か、自分を救ってくれないか…?
「会いたくて会いたくて震える」
三重出身の歌姫、西野カナの曲がループする。
山城は恭子のことが頭から離れなかった。
いや、気のせいだ、自分が叶恭子の本を求めるなんて…何なら美香のが良い、、、。
何度もそう思うことにした。
だが、不思議と日に日に恭子への思いは募る。
やはりあの時買っておけば…と後悔もした。
いつしか、山城は
「これは恭子からの挑戦状かもしれないな」
と思うようになった。
「あたくしの本を書店で購入できるのかしら、ホホホ・・・・ねえ美香さん」
妄想では、恭子はグッドルッキングガイを両サイドに置き、山城をさげすんだ目で見ている。すべて山城の脳内で起きているのに、山城のプライドは深く傷ついた。
1週間たっても脳裏には恭子がいる。
そもそも、なぜ恭子の本が気になるのか?自分なりに分析した。
山城は、自分に何かが欠如していることが許せない性分だ。その時々の仕事において完璧を目指し、足りないものを補っていった。そうして自分の能力を高めてゆくことは、パズルを完成させるような快感があった。
だが、山城が最も忌み嫌うものは、「何が欠如しているのかがわからない状態」であった。
パズルならば、何のピースがどれだけ必要かわからない、完成図もないような状態である。
得体のしれぬものに立ち向かう、つまり暗闇の中で戦うようなものだ。
しかし、この時気づいた。山城という真面目で面白みのない男にとって、妖艶でミステリアスな雰囲気、人工的、作り込まれたキャラクターの恭子は、自分にないすべてを持っている。
山城に足りないものはファビュラスというコンセプトであると…!
書店に「叶恭子の心の格言 あなたの心にファビュラスな魔法を」は3冊程度しかない。売り切れてしまったら再入荷はないだろう。増刷も怪しい。ネットで注文したら送料がかかる。
誰かが買う前に、急がなければ。
山城は中勢バイパスを法定速度ぎりぎりで駆け抜けていった。
次の火曜日。
恭子の本はまだそこにあった。
普通にあった。
恭子との再会。そして躊躇うことなくレジへ。
隣のレジに目をやると、50代の紳士がいた。
まんがタイムを普通に買っていた。
みな、思い思いの本を買う。
それが書店のあるべき姿。
恭子の本も普通に買う。
それで良い。
汗水たらして働いた給料の一部で叶恭子の本を買う気持ちは、実行した本人にしかわかるまい。言葉にできない背徳感と期待感は、初めてピアスを空けた時の感情に似ている。
「ブックカバーお付けしますか?」という店員の気遣いがありがたかった。さすがに、”ファビュラス丸出し”では持ち歩くことも、本棚に置いておくのもはばかられる。食い気味にお願いしますと返答した。手際よくカバーをつけてゆく。
あともう少しで、
俺は、ファビュラスを手にできるんだ!
「またお越しくださいませ」
”Life with Books”と書かれたビニル袋ごと、ショルダーバッグにしまい込んだ。
フロアには相変わらず様々な年齢の客が買い物をしていた。
自尊心を失っていたころの山城には、イオンの雰囲気は眩しく思えたのだが、もう違う。生まれ変わったのだ。自分はもうファビュラスを手にしている。まごうことなき真実。
ファビュラスというコンセプトは
たったいま
インストールされた。
そうして山城はイオンを出ると国道23号線に向かって行った。
以上、わくわく劇場『ファビュラスを手にした男【後編】』をお届けしました。いかがでしたでしょうか。今回の作品は、フリーライターの「ふぁびゅらす」さんにご担当いただきました。どうもありがとうございました。
そして、皆様にお知らせですが、約半年間続けてきました「わくわく劇場(毎月1回ブログで好き放題書く企画)」につきましては、いったん3月をもって休止とさせていただきます。
通常のお知らせ等は続けていきますので、ブログ自体はご覧くださいね。
半年間ありがとうございました。またお会いしましょう!